2009年12月04日

借家権と立退き料

今日は借家権と立退き料の関係について考えてみましょう。両者は同じなのか、違うのか、その意味するものは一体何なのか、結構難しい問題ですよ。ちょっと長くなりますが、我慢してみてみることにしましょう。


まず、

昭和45年の不動産鑑定評価基準で、借家権評価について考察されました。その時代には、銀座などで、実際に借家権が第三者間で取引されたことがあり、市場性を前提とする「借家権の正常価格」が求められた時代でした。

なので、いわゆる第三者間で取引される借家権の正常価格を軸に、不随意の立ち退きに伴って発生する営業補償や移転雑費などを、さらに加算することによって、積み上げ理論的に「立退き料」を算定することが出来た(実際は、かなりエリア限定的だったと思われますが…)ようです。

つまり両者はイコールではなく、借家権価格は移転費用や営業補償とともに立退料の構成要素のひとつであり、立退料の方が借家権価格よりも上位概念に位置している、とも言えるのです。ここで、旧基準の考え方を、「狭義の借家権」としましょう。



次に、

今の不動産鑑定評価基準は、最近何度も改訂を受け続け、少しづつ変容しているのですが、借家権評価の部分は平成3年(バブル崩壊の時代ですね)の改正から、今でも変更がありません。

では、この平成3年基準で求められる借家権とは、一体何なのか?すなわち、今の借家権の鑑定評価は、「立退き料」全体を「借家権価格」として鑑定評価しています。つまり両者はイコールなのです。特に定義はないのですが、評価の内容を見るとそういうことです。そしてここで、新基準ベースの概念を、「広義の借家権」としておきましょう。

では、「広義の借家権」って、価格概念としてはどういうものなの?これは、取引の当事者間でのみ成立する、市場限定の「限定価格」ということになります。つまり、あくまで立ち退かす賃貸人と、立ち退く賃借人の間で成立する「経済価値」である、ということなのです。

では、なぜ現代の不動産鑑定評価基準は借家権≒立退き料になるように変化していったのか?それは、時代の流れとともに、借家権の第三者間取引(立地利用権の売買)は一般的なものではなくなり、地上げ全盛のバブル期以降は特に、「不随意の立ち退き」しか、世の中の経済事象として観察されることがなくなってしまったことが背景なようです。

借家権価格が表層化して取引されたのは、一過性の出来事であった、ということです。例えば、借地権割合などと同じように、借家権割合なんてものを出そうとしても、今では、ひとつも正常価格売買の事例がないのだから、正常価格ベースの借家権割合なんて分からないわけです。

そうすると、観察される「不随意の立ち退き料」全体を、「広義の借家権」ととらえて、元本価格と比較し、限定価格ベースの借家権割合を求めることしかできなくなったのです。そして手法全体も、不随意の立退き料全体を求めることに特化していきました。



それでは、この立退き料は、権利や、その他何かの対価なのか?相手が被る経済損失に対する損失補償なのか?一体どちらなのでしょうか。

それに対しては、過去使われていた

  立退き料 ≒ 狭義の借家権 + 営業補償 + 移転雑費等

という考え方を持ち出し、立退き料全体を、分解していく必要があります。このような考え方は、実は現代の裁判でも援用されており、平成17年10月11日の東京地裁の判例にも同じ文章が見られます。だから、基本的に今でも「狭義の借家権」については主張可能なようです。

ちなみに、上記数式では≒を使い、=としていませんが、これは、そもそも立退き料の交渉は、対価を払えばそれでOKという単純なものではなく、正当事由の有無の検討から始まり、認められる請求、認められない請求等が一様ではないことから、あくまで考え方だけ示すために≒としたものです。

「立退き料」とくれば、「正当事由」は?とくるのが実務です。「立退き料」とくれば即、「借家権価格」が問題になるわけではないので、これも、狭義の借家権が鑑定評価のテーマとして、すたれてしまった要因かもしれません。

また、ひとつの考え方として、「立退き料」は「正当事由」を補完するものである、ということも、大事な考え方です。つまり、お金をいくら積むかに関わらず、立退きが全くできないケースもありうる訳です。

例えば老後の短い余生を過ごす方に対して、その生活拠点を奪うことは、果たしてできるのでしょうか?逆にテナントの状況は同じでも、所有者がその建物を使用することに対してどれだけ切迫した事情があるのかも、大変重要な要素になってくるのです。

極端な話、賃借人との信頼関係が破壊され、「正当事由」が完全に近いものであれば、立退き料など一切払わない、ということも十分考えられるのです。そういう正当事由に関わる問題があって、その先に計算がある、ということを忘れないでください。



私ども不動産鑑定士はどうするべきか?

不動産鑑定評価基準そのものには、借家権については、有用な記述が少ないのですが、借地権について以下のような記述があります。

借地権の価格は、借地借家法(廃止前の借地法を含む。)に基づき土地を使用収益することにより借地人に帰属する経済的利益(一時金の授受に基づくものを含む。)を貨幣額で表示したものである。借地人に帰属する経済的利益とは、土地を使用収益することによる広範な諸利益を基礎とするものであるが、特に次に掲げるものが中心となる。

ア 土地を長期間占有し、独占的に使用収益し得る借地人の安定的利益
イ 借地権の付着している宅地の経済価値に即応した適正な賃料と実際支払賃料との乖離
  (以下「賃料差額」という。)及びその乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的
  利益の現在価値のうち、慣行的に取引の対象となっている部分

アはテナントを動かすことによる、マイナス利益の発生のこと。立退きの世界では、営業補償や移転雑費等を指しているとも解釈できる。
イはつまり、賃料差額(いわゆる借り得)を指していると解釈できます。賃料差額なんだから、本来、営業補償でも、移転雑費でもないですよね。借家権という権利の持つ、経済価値そのものです。

鑑定士は、立退き料の算定を求められた場合には、とりあえずその総額を「借家権価格」として算出するだけではなく、借り得の発生の有無をしっかり調べておくといいと思います。

そうすれば、借地権の考え方を援用し、仮に、「狭義の借家権部分」を示すとすれば、この借り得部分になると考えられるよ、と説明できます。(ま、あくまで理論の世界ですけどね(^ ^;))



最後に、注意点が一つ。それは、この借り得と、営業補償又は営業権(のれん)は、実は混同されてしまっていることが、一般的であるということです。つまり、借り得が発生していれば、そこから発生する利益は、会計上は全て営業上の利益にオンされてしまうので、普通に営業補償を算定してしまった場合には、

立退き料 ≒ 借り得による理論借家権 + (営業補償−理論借家権) + 移転雑費等

となります。
式を整理すると、理論借家権が消えて

立退き料 ≒ 営業補償 + 移転雑費等

この式だけ見ていると、積み上げ式上、狭義の借家権は、全然ないように見えますね。営業補償の中に混同され、隠れている、ということなのです。賃料差額がなかったり、逆に今の賃料が高ければ、狭義の借家権はゼロ円ということになりますね。

それにしても、面倒なお話ですな・・・
説得力のある借家権の説明をお求めの際はぜひご相談ください。
posted by RON at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 鑑定かんけい
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